『一部世論』に対して

衆議院議員・義家弘介議員が自身のブログで教育に関する記事を紹介していました。

10月29日の『神奈川新聞』に、地元・厚木の平井広教育長の寄稿記事が掲載された。
現場を熟知した的確な指摘であり、意図さえ感じる『一部世論』に対してのきちっとした言及に、誇らしさを覚えた。
以下、引用したい。

【神奈川新聞12面・教育Today 学びのフォーラム<52>】より引用

こんな話を聞いた。小学6年生をリーダーに集団登校の際、低学年の子がひざを擦りむいた。けがの程度を見た6年生は泣く子なだめながら登校させたが、いじめではないかと学校に苦情が寄せられたというのだ。ニュースで「殴る・蹴るなどのいじめ」という表現を聞いたことがある。殴る・蹴るなどは完全に犯罪だ。程度によっては傷害罪に問われることもある。文部科学省ではいじめを「一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けた事により、精神的な苦痛を感じているもの」と定義しているが、「いじめ」が曖昧に広く使われていることで、事の本質を見失っている恐れがあることを心配している。教育委員会などが「いじめと認定していれば違った対応がとれたかもしれない」などと発言しているのを報道などで聞くと、いじめの定義にとらわれすぎていたのではないかと思えてしまう。
全教職員に直接会える学校訪問を始めて、今年で2年目になる。学校により話す内容は異なるが、いじめに関しては必ず触れるようにしていることがある。一つは、いじめはよそごとではない。自分の学校、学級の事としてとらえ、担任任せにすることなく、日々変化する子どもの人間関係に意を用いながら、学校として組織的に取り組むように訴えている。
二つ目に、お釈迦様の「毒矢の喩え」を例に出しながら、いじめの定義にとらわれすぎないように注意する。いじめかどうかの認定に多くの時間を割くより、眼前の苦しんでいる子どもを救う手立てを考え実行することこそが、学校の責務であるからだ。
三つ目に、いじめ件数の多少で学校を評価したことはただの一度もない。いじめがあると評価が悪くなるため、学校などは隠蔽体質になっているという見解がある。だが、国などからそのような評価や指導を受けた事はないし、学校をそのように評価したこともない。たとえ一件でもいじめなどの問題解決にいかに誠実に素早く対応したかが学校は問われており、するとしたらそこを評価しなければならない。
いま大切なことは、学校が家庭や地域住民の協力のもと子どもの活動を核に、いじめは許さない、卑怯な行為を決して許さないという校内の雰囲気作りに一層取り組むことである。

まさに正論である。
『いじめ』かどうかの『認定』に多くの時間を割くよりも、目の前の苦しんでいる生徒を救う手だて考え実行することこそが、学校の責務。
多くの皆さんが共有する切なる思いだろう。

大津のいじめ事件も、いじめがあったのか、なかったのか、学校はそれを知っていたのか、いないのか、という話を延々と繰り返してきた。尊い命が失われて一年が経過しているにも関わらず、だ。さらに、事件が表面化してからは、いじめなのか、犯罪なのか、という議論も加わっているが、一年前、全校生にアンケートを取り、正義感を持って勇気ある回答をしてくれた生徒の思いは完全に取り残されてしまっているではないか。悲しすぎる実態だ。

教育関係者の一部は、申し合わせたように、「いじめ隠ぺいの原因は『教員評価』にある。学校や、自身の教員としての評価を気にして、いじめがあっても、なかったことにしてしまう」などと喧宣しているが、平井教育長は教育委員会事務局の責任者として、『いじめの認知件数で学校を評価したことなど一度もない』『国などから、そのような評価や指導を受けたこともないし、学校をそのように評価したこともない』と言及している。
逆に、隠ぺいした学校や教師こそが、最低、最悪の評価になる、くらいのことは、まともな人なら誰だってわかるだろう。
いじめを早期発見、対応、解決して、自身の評価が下がった、という人がいるならぜひお会いしてみたい。

①『日の丸・君が代反対闘争』
②『学力テスト反対闘争』
③『勤務評価反対闘争』
上記三つは、日教組の三大闘争と呼ばれているものだが、教育界の住人の一部は、社会問題化しているいじめ事件さえも、自分達の闘争に利用しているとしか思えない。

隠ぺいの本質は、教育界の無責任体制にこそある。
互いに責任を押し付け合える戦後教育構造こそが、隠ぺいを助長しているのだ。

自民党・教育再生実行本部において、具体的打開策を提示していきたい。
子供達のために、必死に頑張っている先生、関係者を応援するために。
何よりも、子供達のために。

これは『いじめ』に向き合い取り組む義家議員を賛辞した記事だと思います。
これからも自民党・義家弘介議員の活躍に期待します。

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by blog001-3029 | 2018-01-29 23:31 | 政治 | Comments(0)