教育は権利

下村博文衆議院議員の幼少期からの体験で教育について語っているものがHPにあったので紹介します。

父親を亡くした生活は、確かに辛かった。小遣いなどほとんどない私は本も買えなかった。しかし、逆にそれは本をむさぼり読むきっかけになった。
私は小学校の図書館の蔵書の三分の一、千冊ぐらいは読んだのではないかと思う。土曜日には必ず図書館に立ち寄って一冊を借りる。家に帰ると自分で弁当を作って裏山に上った。そこからは関東平野が見渡せた。頂上付近にある木の下で、弁当を食べながら本の世界に入り込んだ。暗くなるまでひたすら読みふけった。
本は私に色々な知識を与えてくれた。学ぶ喜びを確実に本が与えてくれた。友人の家などに遊びに行くと、本棚にズラリと全集が並んでいるが、表紙などきれいなままで読んだ形跡がない。ただただ羨ましかった。
≪当たり前に本を親から与えられているからきっと本の素晴らしさが分からないのだろう≫と思ったものだ。

昭和45年に私は高崎高校に進んだ
群馬県下でも有数の進学校だったが、どうしても高崎高校へ行きたくて中学三年生の時は必死で勉強した。入学試験はクリアしたが直面する問題はやはり学費だった。公立とはいえ母の収入だけでは無理があった。だが、どうしても学びたい、進学したいという熱意に母が押された。
「公立ならなんとかお金を出せる。でも高校まで」と言った。

ところがここで私は交通遺児育英会と出会う。
交通遺児に対して奨学金を出すこの制度はちょうど私が高校一年生の時にスタートし、学校の紹介で奨学金を受け取ることになった。交通戦争が社会問題化し、父親を失った子供たちの支援が必要になってきていた頃である。同時に日本育英会の特別奨学金も受け取ることができた。当時は給付制があった。奨学金があったからこそ、苦しい中でも安心して高校時代を送れたのだった。

その仕組みを作っていくのが、もしかすると政治の仕事なのではないか。私が、自分の中に「政治家になりたい」という目標を持ち、中でも「教育」という環境を整備して行きたいという気持ちを持つようになったのは、こうした苦しい数々の実生活が影響していると思う。

そしてもうひとつは学ぶことは権利であるということ。進学もままならぬ境遇にあった私は常に自分の中で、
「学びたい、学べる権利が自分にはあるはずなのに」
という気持ちが燻っているのに気づいていた。
恐らく逆境の生活の中にいなければそんな気持ちは湧いてこなかったろう。当たり前に公教育があり、当たり前に学校に通うことができる…。それができない者にとっては限りなく羨ましいことなのだ。

国も公教育をいつしか淡々と義務としてこなし、学ぶ側も義務としか思わない。
しかし、違う。
誰にでも望む場所で望むような形で学べる権利がある。私の心からの叫びだった。言い換えれば、教育の選択の自由と言ってもいい。だからこそ、それに応えるために教育はもっともっと多様であっていい…。
これらの教育に関する考え方は、実際の体験に基づいているからこそ私は胸を張れる。さらに言えば、教育という分野ひとつとってもそうだが、経済的、社会的ハンディキャップを負っている人たちに対して、機会の均等はやはり社会が保証すべきである。

あたり前のものがあたり前でない世界があります。様々なハンデキャップを背負い生活している人が当然の権利を手にできるように、今後も自民党下村博文議員の活躍に期待したいと思います。

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by blog001-3029 | 2018-07-13 00:00 | 政治 | Comments(0)