「留学生三十万人計画」

下村博文衆議院議員の初当選から文部科学大臣に初入閣するまでの来歴を紹介します。

1996年、第41回衆議院議員総選挙に自民党から出馬し、初当選。以降7期連続当選。

当選後は清和政策研究会へ入会。同年、自民党青年局長安倍晋三の下で同次長。2000年、第42回衆議院議員総選挙に自民党から出馬し、再選。自民党「明日を創る会」のメンバー。2002年、衆議院議事進行係に就任。自民党の文部科学部会副部会長。2003年、法務大臣政務官に就任。2005年、文部科学大臣政務官に就任。未来を見据えた教育のあり方、法整備に関する官民学の勉強会を立ち上げる。その後、自民党副幹事長に就任。皇室典範改正に対しては、慎重な姿勢を見せている。2014年1月28日の定例記者会見で、「いわゆる“自虐史観に基づいた歴史教科書”について、学習指導要領解説の改定を行った」とを表明した。同年9月26日、安倍内閣の内閣官房副長官に就任。幼保一元化を推進するための制度改革に着手。福田康夫内閣では「留学生三十万人計画」の委員会委員長。

2009年の第45回衆議院議員選挙に自民党から出馬し、新党日本新人の有田芳生を約3500票差の僅差で破り、5選。2010年9月に発足した自民党シャドウ・キャビネットでは、「影の文部科学大臣」を務めた。2012年、安倍自民党総裁のもと、教育再生実行本部が設立され教育再生実行本部長就任。同年12月発足の第2次安倍内閣に文部科学大臣兼教育再生担当大臣として初入閣。

今後も自民党下村博文議員の活躍に期待したいと思います

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by blog001-3029 | 2018-08-14 23:42 | 政治 | Comments(0)